2021年のアートコラム
齋 正機〈福島鉄道物語〉第24話 昭和の機関士たち
2021.11.29
学校から帰ると、母は掃除機を念入りにかけている。居間の座卓に色の違う隣の部屋の座卓をつなげて大きくしてあった。
「押し入れから座布団出すの手伝って」と母は忙しそうに言う。「今日は誰来んの?」と聞くと、「高野さんどか、お父さんの機関士仲間だよ。飲み会が六時半がら始まるがら、正機はここで夕飯食べなね」と台所のテーブルを丁寧に拭いている。
え?、今日はマジンガーZなのになあ。テレビ駄目があ―。先週からの引き続きの回だからあきらめきれない。また日本酒を競うように夜遅くまで飲むんだべなあ―。
夕方五時を過ぎると、高野さんともう一人が、それぞれ一升瓶のお酒を持ってやってきた。二人ともニコニコである。そして六時前には、残りの三人もお酒と手土産を持って我が家に集まった。全員が揃ったところで、父に言われて僕は五人にあいさつをした。すると誰かが言った。
「正義やんの息子の正機くん、"機"は機関車の"機"だべ。正義やんらしいべ」。僕の名前で盛り上がり始めて、思わず真っ赤になり急いで台所に引き上げた。
機関士の飲み会は日本酒の飲む量が半端じゃない。朝方、玄関先まで酒の匂いが残るほどである。昔、蒸気機関車の石炭運びなどの経験者もいて力自慢も多く、酒の量も豪快なのだ。
定刻通り、午後六時半から乾杯して、飲み会が始まる。最初は飲みながらも真剣な話をしている。どうやら政治の話で父も熱く語っている。そして国鉄の話、汽車の話、趣味の話と話題が次第に柔らかくなり、日本酒もどんどん進んでいるようだ。そして酔うほどに話し声が大きくなっている。
「がはは、正義やんは人の話をあんまり聞かねえがらなあ」と誰かが言った。「んだ、んだ。はっはっは...」。皆が豪快に笑う。
「いや、俺は"ちゃんとしたごと"をしゃべってんだよ」と言いながら、父も笑った。そんな機関士たちが楽しそうに盛り上がるたび、みんながかなり酔っているのがわかる。その声は稲刈りの済んだ田んぼを飛び越え、漆黒の奥羽の山々に吸い込まれていく。
宴もたけなわ、始まって三時間ぐらい。僕はいつも通り眠くなってしまって、皆が盛り上がる声を子守唄に床に入った。
朝になると玄関先までやはり酒の匂いが残っている。一升瓶が三本空になっていた。それでも全員、午後十一時前にはきちんと家に帰ったらしい。
座卓を片付けるのを手伝わされていると、足元に三枚の写真の忘れ物があった。誰が忘れたんだろう、と思いながら写真を見ると、電気機関車の前で五人が制服姿で映っている。何の記念写真かわからないが、仕事をやり終えた充実感が漂っている。やはり、かっこいいなあ―。僕は機関士の仕事を想像してみた。
「ブレーキよし」と機関士の確認の声が響き渡る。そしてすぐにさまざまな計器類も確認。前方に障害物が無いのを見て、信号が青になるのを待っている。
信号が変わると、静かに機関車を動かして貨車たちに連結させた。
これから目的の駅へ到着するまで二時間、集中力を切らせてはいけない。トイレなど、もってのほかだ。機関士はもう一度念のため運行表を一通り確認する。
そして本線の信号は青になった。
「出発進行...」の声とともに、長い貨物列車を出発させた。
父はいつも言っていた。「目的地に無事に着けたなら、その運転は百点、上手も下手も無い」と。
(画像:齋正機「峠ヲ走ル」2009年 成川美術館蔵/2020年11月15日 福島民報掲載)