2011年のアートコラム
速水御舟の傑作「名樹散椿」に現代の名匠・牧進が挑んだ渾身の大作
2011.12.20
椿の大樹を描いた傑作として名高い速水御舟の「名樹散椿」(重要文化財・山種美術館蔵)に、現代花鳥画の名匠・牧進が挑んだのが、現在当館で展観中の「再喜樹宴」です。名作と比較されるのを嫌い、現代画家で近代巨匠の作品と同じ主題や構成で描く画家は少なく、まさに「挑む」という表現がぴったりの本作は、長さ12メートルにも及ぶ超大作となっています。
いまを盛りに咲き誇る真紅の椿の花と、椿樹に咲いた花がその使命を終えて落下した鮮烈な散椿に、生と死という二つの時間を取り入れつつ、現実にはありえないほど枝幹を長く垂らした大胆な画面構成は、和風の立体表現をなしており、プラチナ箔を張りめぐらせた豪華な背景は、ハレの空間を一層引き立たせ、堂々とした幹枝の大樹の墨彩と、緑の葉、そして朱色を刺した椿が画面全体を引き締めています。
春宵の花宴を満開の椿と椿散とによって表現した、タイトルにある通りの繰り返しが季節の喜びを祈念する、まさに現代日本画最高の椿図といっても過言ではないでしょう。
「私のできる事」(齋 正機)
2011.09.01
この度の東日本大震災により被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
そして、一日も早く安心の日々を送ることができるようお祈りしております。
いつでもそうだった。良い絵を描こうとすればする程、自分から絵が遠ざかっていく。全く絵というのは厄介で不思議なものである。平凡な家庭で生まれ育った私が、頭の中で考えた事によって人様に伝わるような素晴らしい作品を生んでいくというのは都合の良過ぎる話である。まずは農夫のように土を耕し、良い空気を入れ、種を蒔いて、水を与えて、日々日々少しずつ見守り、作物と一緒に育っていくしかない。そんな風に考えていた。そして普遍だとも思っていた。
2011年3月11日、その時、大きくて赤茶色に錆びたナイフが胸元から足元に向けて深く突き刺さった。僕はあっけに取られる。20才まで育った福島、グウタラで臆病な僕を何も言わず見守ってくれた福島に巨大で透明な影が覆い被さっている。僕はただただ震えていた。今までいつまでもある風景、変わらないと思っていた風景が汚された気がして現実を咀嚼できない。心は悲鳴をあげ、その後一気に枯渇した。そして故郷に自身が何か依存していたこともはっきりとした。
震災から2ヶ月、怖々と新幹線に乗って誰にも知られないようにひっそりと福島市の実家に帰った。貪るように自転車で1日中、生まれ育った周辺を巡っていると、そこには(何があったんですか?)と思わんばかりの普段通りの日常が有り、田んぼではいつも通り農作業をしている。自転車を止めて、ぼおーと水で満たされた田んぼを見ていた。水路で調節しているしわくちゃな帽子のおじさんが少しだけ大きな声で話し掛けてきた。「あんだの家も被害にあったがい?」とタオルで顔を拭い言った。「実家の瓦が...。」と伏し目がちに答えると、「たいへんだったない。」と人なつっこい顔で覗き込んできた。僕は思い切って聞いてみた。「みんなこんな時でもいつも通りなんだね?」すると、困った顔で「どうしようもねえもの。俺はこれしかやれねえんだがら...。」そしてもう一度、「んだって、やるしかねぇんだがら。」と繰り返した。それからおじさんとこの辺りの被害を話して、僕は日が沈もうとする農道を家に向かって自転車を漕ぎ始めた。少し濡れた帰りの砂利道で自転車に揺られながら震災後始めて涙が溢れてきた。どんな時も自分の役割を全うしている姿は嬉しくも悲しかった。
僕は今、良い絵なんて描こうと思っていない。ただ、みんなに忘れてほしくない情景を絵にしたいと思っている。そして(福島で感じてきたあの感覚は何であるのか。)それを1つでも多く表出しようと思う。そして、この先長い間、何があったとしても死ぬまでやろう。だって「これしか、俺にはやれることねぇんだから...。」
世界に発信する平松礼二の日本画
2011.06.21
今、平松礼二先生の日本画に海外から熱い視線がそそがれています。
2013年5月から10月の6ヵ月間に渡って、フランス・ジヴェルニーの印象派美術館(公立)にて、同美術館主催による平松礼二展が開催されることが正式に決定しました。
同館の1階展示室で平松礼二展、同時に2階展示室で前半にポール・シニャック、後半にクロード・モネという印象派の巨匠の作品が併せて展示されます。
この展覧会は、昨年12月に、同館のカンディール館長やシカゴの美術館館長らが、鎌倉の平松先生のアトリエを直接訪れ、作品を見て開催を計画し、先日、平松先生がフランスへ打ち合わせに行かれて、決定した次第です。
このことは、日本画が現代における最高の絵画であることを世界に示す絶好の機会であると同時に、日本美術史上においても重要な意味を持つといえるでしょう。
当館では、早くから平松先生の日本画に注目し、コレクションを続けてきました。現在、平松先生の大規模な展覧会を開催中です(9月1日まで)。
当館所蔵の作品が浅田次郎の新刊のカバーになりました
2011.01.18
「週刊文春」で好評連載されていた浅田次郎氏の「一刀斎夢録」が、今年1月10日に文藝春秋社より発売されました。映画化もされ国民的ベストセラーとなった「壬生義士伝」そして「輪違屋糸里」とともに浅田版新撰組三部作をなす堂々の長編歴史小説で、新撰組最強の剣士・斎藤一に焦点を当てた内容となっています。この書籍の装丁に、当館所蔵の牧進画伯の「幽邃」(ゆうすい)という作品が使用されています。
牧進画伯は、師・川端龍子の内弟子として少年時代から厳しい薫陶を受け、青龍社解散により無所属となった後は、兄弟子であった横山操の指導を受けながら個展を中心に発表を続けました。大和絵や琳派的な伝統的要素を取り入れながら、現代的かつ洗練された感覚で独自の花鳥画を描き、現代の日本画壇に異彩の輝きを放っています。また、生前の川端康成に知遇を得て、川端文学に想を得た作品も多く、川端康成本人からも、個展に際して「牧進讃」を贈られています。
いまや巨匠の名に恥じない日本美の求道者・牧進の絵と、国民的作家である浅田次郎の歴史小説は、まさにふさわしい取り合わせといえるのではないでしょうか。「幽邃」の妖しい雲行きをみせる移ろいゆく夜空の情景と、「一刀斎夢録」で描かれる剣士の壮絶な生死の相克が重なって独特の世界観を生み出しています。
現在、当館では「雪日月花 日本美の精華」展にて、この牧進画伯の「幽邃」を展示中です(3月15日まで)。是非会場でご覧下さい。