2013年のアートコラム
【今週の1点】山本丘人「地上風韻」
2013.04.19
「藤棚が冬の陽を明るく受けて、硝子戸に写った朝の影から意図した。藤の花は五月の薫りを送ってくる。春過ぎて輝く季節、風にゆらぐ紫の花。」(文・山本丘人)
第2回創画展出品作である本作は、丘人後期の、甘美で抒情性あふれる心象風景を描いた代表作品のひとつです。「冬の陽」と丘人の説明にあるように、あたたかな陽ざしの降りそそぐ冬の朝に、初夏の庭の満開の藤棚を想像して描かれた本作は、咲き誇る藤棚の下、白いドレスを纏った黒髪の女性が椅子に座って虚空を見つめています。強く鮮やかに描かれた花の存在に対し、後ろ姿の女性はどこか夢の中の人物のように儚げであり、優雅で不思議な趣をもった丘人の心象風景の世界が展開されているといえます。
*是非実物を見に美術館へいらしてください。
【今週の1点】平松礼二「路-氷雨(ジヴェルニー)」
2013.04.12
「印象派の画家たち、クロード・モネ、ファン・ゴッホ、などがなぜ幕末日本の大衆娯楽であった浮世絵などに大きな影響を受けたのか、彼等の日本趣味とは一体何だったのかを探りたくて、数年前からフランスのジヴェルニーやノルマンディー地方へ旅するようになった。
取材の前線基地をジヴェルニーのモネ美術館に置いた。モネの美術館には彼のアトリエとモネが築いた広大な庭園がある。花の庭と日本風の池が見事に残されている。
冬の池畔にイーゼルを立て日本風の池に浮かぶ落葉を描いた。柳や楓などの落葉樹の落葉に私はあえてここにないもみじの葉を画面に埋めつくしてみた。モネの池のモティーフを六曲の金屏風、そしてもみじの葉とノルマンディーの光。私のねらい通りジャポネスクの帰郷を少しでも表現できたのだろうか。」<文・平松礼二>
【今週の1点】平松礼二「路-小菊雨晴」
2013.04.05
「江戸時代に生みだされた意匠は世界に冠たるものだったことは歴史が証明している。建築、家具、調度、用具、絵画、装飾品等は現在外国から最も熱い視線が注がれている。
江戸の鎖国は日本人の豊かな創造性を純に開花させた。私はそれらの中でも特に絵師たちによって創りだされた山川草木、花鳥風月の図案類や絵画に特別の関心をいだいている。
かねてから江戸意匠のエッセンスを現代絵画にとり入れられないかと考えていた。日本人が伝統として受けついでいる装飾性と現代のクールなリアリティを結合させたらどのような絵画が生まれるのか、私はこの作品で実験制作をしてみた。」(文・平松礼二)
【今週の1点】吉岡堅二「黒鳥屏風」
2013.03.29
「僕の絵は、まず画面に対角線をひいて中心に何かを置くことから始まるんです。この場合は赤いくちばしだな。そして四曲それぞれの面を対角線構図で構成しながら、全体の動きを決めていく。ただ情趣だけの絵は、一皮むけば何も残りませんからね。」(文・吉岡堅二)
現在開催中の「成川美術館の至宝 第1回創画会の作家を中心に」では、山本丘人とともに創造美術(現在の創画会)の主力創立会員となった吉岡堅二の代表作である本作を展示しています。
周到な造形的計算の他に、さまざまな箔を使い分けるなど日本画の高度な技術が見受けられる本作には、戦前からの前衛日本画として真っ向から勝負を続けてきたこの作家に、東洋画の正統を外さないという誇りや信念もうかがえます。それは京都生まれの日本画家を父にもち、15歳で入門した野田九浦に技法的なことを徹底的に教え込まれた吉岡にとってはごく自然なことだったのかもしれません。
*是非実物を見に美術館へいらしてください。
【今週の1点】山本丘人「残春」
2013.03.22
「庭内の八重桜は桜花を誇る。去り往く春の名残り。」(文・山本丘人)
本作は、奥村土牛、中川一政、岡鹿之助、山本丘人の4人のグループ展「雨晴会」の第16回展に発表されました。
横長の画面いっぱいに張り出した枝先には、ぼんぼりのようにぽってりとした八重桜が満開に咲いており、一部はらはらと花びらが舞い散り始めた様子が描かれています。樹の幹が何本か途中ですぱっと伐られていますが、樹幹の意外な切断と歪曲とが、活気のある今日の美へと転化しており、この作家ならではの現代性がさりげなくしめされています。そして、背後の楓のような緑の灌木と、瀟洒な薄暗い虚空間が潔く怪しいまでの桜の幽玄美を醸し出しています。とても深い味わいのある幻想的な桜の絶品と言える作品でしょう。
是非実物を見に美術館へいらしてください。
【今週の1点】吉村誠司「トルファンの朝」
2013.03.15
「中国西域を取材旅行した折、トルファンを出発する日の朝に取材したものです。ロバの耳の形がおもしろいと思い、差し込む日差しによって強調しようと描きました。」(文・吉村誠司)
中国の天山山脈を望む盆地トルファンで見た実景から、ロバの耳を強調したフォルムを抽出して焦点を当てています。またこの作品の大きな特徴として、縦長の構図と、家畜の檻らしくない鳥籠のように華奢で細い柵が挙げられるでしょう。
院展で活躍し東京芸術大学で教鞭を取り、芸大の日本画の正調アカデミズムを次世代につなげる存在である吉村誠司は、同時代感情と鋭敏なモダニズムを基調としたしなやかで抒情的な作調と、新しさの中に幽遠さを感じさせる表現が特徴です。
本作品でも、幻想性と映像美、色彩の発色と幽玄性、造形と没骨、朦朧表現と晴朗性などがほどよく絡み、柔らかで洗練された日本画ならではの上品な味わいがあります。1993年第48回春の院展奨励賞受賞作です。
*是非実物を見に美術館へいらしてください。
【今週の1点】黒光茂明「土に咲く」
2013.03.07
今回紹介する作家・黒光茂明は、日本画家・黒光茂樹の次男として京都で生まれ育ちました。
父親の茂樹は16歳の時に故郷の愛媛を出て単身京都に向かい、金島桂華、福田平八郎の両氏に師事し、戦前から一貫して帝展、日展を舞台に活躍して、その審査員を務める傍ら、花鳥や大地に向き合って自然界の命を表現し続けました。
そんな父親の背中を見て育った黒光茂明は京都市立芸術大学日本画科を卒業後、京都画壇の正統派として活躍し、今日の京都日本画壇のリーダーとしての役目を果たしながら活動を続けています。今年、父親の茂樹氏と同じく京都府文化賞功労賞を受賞しました。
本作では落花した椿が、あたかも地面の上で野の花のように咲いています。純白の花弁はいまだ黄色の花芯が鮮やかです。多数の花びらが土に還っていく季節の変わり目にあって、最期の花の輝きを発見したような新しい花鳥画の捉え方といえます。足下を見つめた風景画は、花たちの浄土でしょうか。
*是非実物を見に会場へいらしてください。
【今週の1点】齋 正機「満開ニ走ル」
2013.03.01
「桃源郷とは何だろうか。いつでも行きたい風景、そしていつまでもいたい風景...。苦にならない程度の風が吹き、動くものは、小走りすれば追いつけるぐらい。過不足なく様々な色があり、息を吸い込めば穂のかな匂い。そんな情景が桃源郷だろうか。」(文・齋 正機)
齋 正機(さい まさき)は1966年福島県福島市生まれ、東京芸術大学日本画専攻卒業、同大学院を修了し、2003年には洋画界の登竜門とされる昭和会賞を日本画家として初めて受賞するという異色の経歴の持ち主です。
齋の日本画は、一見すると童画風で柔らかな印象ですが、実は構図や配色などが見事に計算され尽くしています。現在の作風に辿り着く前に抽象画を描いていたため、その時に得た造形性が背景にあるからです。また、のどかな里山や田園風景といった郷愁を誘う風景画にもかかわらず、決して古びれない現代人にフィットする感性を持っています。
齋 正機の日本画は、今まで見たことのないまったく新しいものであると同時に、奇抜ではない正統の新しさ、そんなことを感じさせてくれる作家なのです。
【今週の1点】牧 進「四季彩盛図」
2013.02.22
卓越した筆致で日本の四季の美を描く牧進は、師・川端龍子の死去に伴う青龍社の解散以後、一貫して無所属画家として、ひたすら独立独歩で創作活動に邁進し、今日の日本画壇に独特の光彩を放っています。
日本的美意識を追求した文豪・川端康成にも賞賛された名匠・牧 進による本作は、水仙、しだれ桜、牡丹、鉄線、蒲の穂先、蔦などの季節の花を竹籠の花器に盛った六態の図が描かれた、写生と装飾とを備えた創意工夫に富んだ六曲屏風です。
本作品は墨の竹林を図案化した背景に六枚の軸を貼ったような画面で、牧の端正にして優雅な花が、上品な色紙六枚にそれぞれ描かれており、その微妙な貼り位置、花と花器の選定等、全面に趣向が凝らされています。その練達の美技や平面的な仕上がりは、京都派のような典雅さよりも牧特有の竹で割ったような江戸の粋が感じられ、観る人に新鮮な喜びを与えるのです。
【今週の1点】田渕俊夫「天山」
2013.02.15
「私は飛行機に乗るときには窓側に席を取り、いつでも小さなスケッチブックを取り出せるようにしています。この絵は中国西域のウルムチから北京に戻る機中から見た光景で、延々と連なる天山山脈を描いたものです。雪を頂いた山脈の麓をよく見ると一本の線のような道路が走っているのが分かりますが、その上を無数の線が覆いかぶさっているのが見えました。乾燥しきった砂漠地帯ですので、雪解け水やたまに降る雨は大地に浸み込むことなく一気に流れて地表に複雑な模様を作るのです。それは大自然が繰り返し描いてきた地上絵なのです」(文・田渕俊夫)
本作では群青の色彩で山を、白い糸のような精緻な線で雪解け道を表現しています。天山山脈の雄大さ、そして雪解けという悠久の自然のドラマを最大限に見せるため、画面上方一杯まで山を配し、山肌を中央部に配した画面構成を取っています。清く澄んだ色調が何ともいえない優美さを醸し出しており、まさに線描の名手ならでは優品と言えるでしょう。